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更新日:2013年11月6日

小さな一歩 その2

先日(10月30日)、千葉県主催による、平成25年度千葉県戦没者追悼式が県文化会館で行われ、市長の代理として参列し、献花をして参りました。
これは、先の大戦で尊い命を失われた戦争死没者・戦災死没者を追悼し、平和を祈念するもので、知事の式辞のあと、県議会議長、県市長会代表等の追悼のことばがあり、最後に遺族代表の思い出のことばがありました。
その方は、5歳で父親が出兵し、その後、一度も会ったことはなく、母親一人で姉妹を育てた戦中・戦後の母親の大変苦労をされたお話をされました。
その方の母親は、現在、百歳で健在ですが、「自分が亡くなった時は、何もいらないから、お父さんとやりとりした手紙を持たして下さい。」と言われたことを、涙げに話されておりました。

千葉市も毎年、追悼式を挙行しており、本年も市民会館で、10月16日に開催しました。
本市においても、先の大戦において、多くの方が戦場に散り、また、度重なる空襲により、戦禍の犠牲となり、尊い命が失われました。

私達は、今こうして、何不自由なく生活し、それをあたりまえのように思っていますが、私達の今の生活は、戦争によって、かけがえのない命を落とされた方々の尊い犠牲と、深い悲しみの中で生きてこられた遺族の皆様方の壮絶な苦悩の上に成り立っていることを、決して忘れてはいけません。
私は、こうした強い思いで、黙とうをし、献花を捧げて参りました。

今、遺族も高齢化し、年々、参列者も少なくなってきています。また、この追悼式を平和行政と一体として考えるべきだとの議論もあり、今後、慎重な対応が求められますが、私達は、この悲惨な戦争の記憶を風化させることなく、そして、二度と同じ過ちを繰り返すことのないよう、後世へ、若い世代へ語り継ぐ責務があると思います。
それが、ご遺族の思いでもあると考えています。


私は、小さい頃、母親に、教えられたことがあります。
朝起きて、雨戸を開けた時、「今日も生きている。心の中で、手を合わせ、生きていることに感謝しなさい。」と。
「今日は、うまくいきますようにとか、楽しいことがありますようにとか、そういった欲は持ってはいけません。」と。
朝、起きれた。陽射しが入る。今日も生きているんだ。それだけで幸せなんです。本当は。

あの広島の原爆で、喉が渇き、水を求め、多くの方が重なるように川に飛び込んだとか・・・・・。

私達は、太陽の光や、空気や水を何気なくいただいていますが、日常生活の中で、そのありがたみをほとんど感じたことはありません。
今、こうして生きていることに、皆さんは、何をお考えですか。
過去の出来事、自然や人々との偶然の出会いや営み、いや必然的なものかも知れません。
私達は、こうしたこと、すべてに思いを寄せ、感謝をしなければなりません。

私達は生きていると言うより、先人達が築きあげてこられたこの社会で、人の恩恵と自然の恵みに、そして万物すべてに支えられ、「生かされている」のです。

皆さんは、今日一日、何回、「ありがとう」と言いましたか。「ありがとう」と言った数だけ、幸せになれると思うのですが・・・・・。

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