• よくある質問と回答
  • 情報が見つからないときは
  • 各種制度、手続、施設等に関する問い合わせ 千葉市役所コールセンター 電話番号 043-245-4894 年中無休 午前8時30分~午後9時 土日休日・年末年始は午後5時まで

あなたにぴったりな情報を表示します

開く

関心ごと/生活環境を選択

この情報で表示する

よくみられているページ

  •  

きてみて!わたしの区

ここから本文です。

更新日:2013年4月17日

教育委員メッセージ(平成24年度)

教育委員 中野 義澄【2013年3月21日】

卒業式に思う
―セレモニーの意義を教える教育も重要―

3月12日、私は教育委員としておゆみ野南中学校の卒業式に出席した。
中学校の卒業式出席は自分の時以来50年以上経っている。その当時のことはよく覚えていない。しかし、目の前で進んでいく卒業式は中学生らしい若さがあふれ、きちんとした進行の中にも生徒たちの先生方に対する感謝の気持ちが伝わってくるものであった。校長先生から卒業証書を受け取る生徒はそれぞれがしっかり校長先生の目を見て受け取っていた。校長先生もそれに応えるように少し涙ぐんだ目で1人1人に
卒業証書を手渡していた。式の進行、演出については生徒も参加したようである。合唱も熱心に練習したことがうかがえるすばらしいものであった。卒業式に対する思いは先生、生徒、父兄、それぞれの立場で違っていると思うが、こうしたセレモニーは一つの区切りとしてとても大切である。卒業式は生徒たちにとって3年間学んだことを確認し、次のステップへ進む決意を新たにする意味がある。今回出席して、先生方は当然ながら生徒たちもそのことをしっかりと理解しているように思えた。これはこの学校での先生方の教育の成果と思う。
私は昭和45年3月千葉大学医学部を卒業したが、当時激しい学園紛争の中にあって卒業式は行なわれなかった。学長の挨拶文が一枚あって最後に「諸君、ごきげんよう」と書いてあったことを憶えている。事務の方より卒業証書を受け取り、恩師との別れの場もなく終わりで寂しい卒業式であった。この日改めて大学の卒業時を思い出し、先生方と生徒たちが一体となった式に参加して改めてセレモニーの大切さを思
い、卒業生たちが今後各方面で元気に活躍することを心から祈った次第である。
(中野 義澄;2013年3月21日)


教育委員 篠原 ともえ【2013年2月19日】


作品総合展覧会

第55回千葉市小・中・特別支援学校児童生徒作品総合展覧会をご紹介します。
9月に「きぼーる」で第1部「科学部門」が、1月に「千葉市美術館」で第2部が開催されました。
第1部は、夏休みの長い期間を使って取り組んだ観察日記や実験、動く玩具など、あわせて1,037点の作品の展示がありました。どれも動機や自分なりの考えが反映され、その学年で学習したことがしっかりと表現されていることが良い作品に繋がっていると思いました。何年にもわたって詳細なデータを収集しているものや、何度も実験を繰り返しているものなど、最初は疑問に思っていたことが、だんだんと結果につながる過程がわかるレポートからは、出品者のわくわく感がとても伝わってきました。
見学者の中には、作品を丁寧に見ながら、どの点が賞に値するかを話し合うなど、もう来年に向かって思考を巡らせている親子も見られました。
1月に行われた第2部では、図画工作や美術、技術・家庭、書写など、あわせて2,495点の作品の展示があり、そのどれもが日頃の学習成果が表れているものばかりでした。
特別支援教育部門は、カレンダー作りを通して季節感を表現したものや、共同作業によるものなど、とても力強い作品がみられました。ただ残念なことに展示スペースが限られている為、大きな作品は縮小して飾られていましたが、巧みなレイアウトにより、とても良い展示になっていたと思います。
また、書写部門は甲乙付け難い素晴らしいものばかりでしたし、図画工作、美術部門では、どの作品からも『生きる力』が感じられ、感性が作品いっぱいにあふれていました。例えば同じ題材の写生でも、個々の感じ方が異なり、表現の仕方が違ってくるのは、指導者が個性を上手に引き出しているからだと、感心しました。
最後に、第1部・第2部あわせて約2万6千人のご来場をいただき、誠にありがとうございました。
できれば、もっとたくさんの市民の皆さんに子どもたちの作品を観ていただきたいと思います。きっと、心温まるひとときが持てるのではないでしょうか。
(篠原ともえ;2013年2月19日)


教育委員 和田 麻理【2013年1月16日】


科学の芽

子ども時代に読んだ本、出会った人、かけてもらった言葉の数々。それらはすべて、成長していく上での栄養となります。たくさんの刺激を受け、子どもたちがより深い興味を持つよう、千葉市教育委員会では多くの機会を用意しています。その一つが、今年度から始まった「千葉市未来の科学者育成プログラム」です。理科や数学の学習に意欲的に取り組む中学生・高校生に対し、千葉市内の大学等研究機関や企業などが有する先端科学技術に触れ、その能力を伸ばすための質の高い学習プログラムを10回にわたって提供してきました。県立中央博物館では、大学時代からニホンカモシカを追って36年という研究員の方から貴重な体験談を伺い、研究の本質を垣間見ることができました。膨大な量の標本などの資料が保管されている収蔵庫も見学、し~んとした大きな収蔵庫の片隅で、一人黙々と鹿の頭蓋骨の計測を続ける他の博物館から来られた女性も見かけ、研究は孤独で地道な作業だということを実感した一コマでした。千葉大学医学部では、特殊顕微鏡を使って黄色ブドウ球菌・化膿レンサ球菌・大腸菌を観察。私も生徒たちがピントを合わせた顕微鏡を次々と覗かせてもらい、ミクロの世界に思わず興奮しました。
また、毎年10月には、きぼーるを中心に日常生活の中で科学・技術を身近に感じることができる、総合的な科学の祭典として「科学フェスタ」を開催しています。日常の不思議や疑問を解決してくれるような、大人にも興味深い催しであり、沢山の方々のご協力のもと、現在も引き続きサテライトイベントが数多く行われています。「千葉市科学フェスタ」で検索すると詳細をご覧いただけますので、ぜひ、ご家族のスケジュールに加えてみてください。
科学に興味のない子どもたちにも、もっと言えば、学習意欲さえ持たない子どもたちにこそ、こうした機会を知ってもらい、参加してもらえるような方法を考えていきたいと思っています。そのために、あらゆる手段を駆使して、事業の周知に力を尽くしてまいります。市民の皆さまも、どうぞ、積極的に機会を捉え、何はともあれ、まずは足を運んでみてください。そこから広がる世界が必ずあります!
(和田麻理;2013年1月16日)


教育委員長 内山 英夫【2012年12月19日】


授業力の向上を願う
―わかる授業・楽しい教室・夢広がる学校―

教育委員として再選を受けました内山英夫です。
平成23・24年度研究指定校の内こてはし台小など5校の研究報告会と、教育センターで行われた、平成24年度第33回千葉市教職員教育研究発表会を参観し、そこで思ったことが二つあります。
一つには、どこに「いじめ」があるのか?と思うほど、子どもたちの明るく元気な学ぶ姿です。
もう一つは、教師の授業力です。
研究指定校は、授業内容・あり方の事前検討、準備をし、他校からの教職員が参観する中での授業を行いました。小学校では、研究協議会で、参観者がグループ討議をして、授業内容の良かった点、課題・改善点を話し合い、グループ毎の発表を行った学校もありました。
それぞれの研究校では、校長をはじめ、担当教職員の事前準備作業は多大の労力を要したでありましょうが、他校教職員からの評価を受け、得るものは多かったことでしょう。
また、研究発表会は、第33回目という歴史を持つ事業で、研究論文5編、実践記録1編の発表がありました。いずれも、応募の中から厳選されたものでしょうが、その内容を身近に知って、高いレベルに驚きを覚え、千葉市教職員の中に優れた人材が多くいることを心強く思いました。
千葉市教育委員会では、この二つの事業に加えて、体系化された講座研修、校内外研修等様々な場を設けて、教職員の教育力向上に力を入れており、また優れた教職員の顕彰を行っております。
千葉市小・中・高・特別支援学校の現場教職員約4,300人が日々の授業への取り組みで、実践を積み重ね、授業力を高める努力をしています。
望みたいことは、現場教職員が日々実践と反省を繰り返す中で、自らをより高めるために、問題意識を持ち、目標の設定と研究を行い、それを授業に反映しつつ、1年間の成果を自己評価し、次年度の学習指導に活かしてほしいということです。
千葉市は、大正10年(1921)に市制施行し、平成32年(2020)に100周年を迎えま
す。
毎年、児童・生徒は進級・進学しますし、教職員も入れ替わっていきますが、平成32年度は、現在小学1年生たちが中学校を卒業する年に当たります。
その時までに、現場教職員が教育力を磨き、千葉市の子どもたちを心身ともに鍛え、その能力を高めて、千葉市が日本最高の教育水準にある、と評価されるようにしていきたいと考えます。
私は他の委員共々、教育長をはじめ事務局と一心同体となって、現場教職員を支援していくことが、課せられた一つの大きな役割と考えております。
(内山英夫;2012年12月19日)


教育委員 明石 要一【2012年11月21日】


10月15日から教育委員となりました明石要一です。よろしくお願いします。
今、教育界で注目を浴びているキーワードが二つあります。一つは「ミッションの見直し」です。これまで掲げてきた教育の使命を時代に照らして見直そうというものです。
例えば、教育学部でいいますとこれまでのままの教員の養成でよいのか、柔でない骨太の教員の養成はどうすれば可能か、という捉え直しです。
もう一つは「エビデンス」です。データで教育の出来事を語ろうとするのです。印象や感想の時代ではないのです。「証拠」を示さなければなりません。
学校給食でいえば、千葉市全体で一日の食べ残し量はどのくらいで、この十年間増えているか、減っているかをデータで示す。そして、残り物が減っておればそれは何故かを読み解くのです。
教育界ではあまりにも精神論と印象論が主流を占めてきました。それでは、時代に取り残されてしまいます。経済界でよくいわれるガラパゴス化になりかねません。「ミッションの見直し」と「エビデンス」の二つのキーワードを大切にして、千葉市の教育を「日本一」にしていきたいものです。そのためには、一委員として教育委員会を一層、開かれたものにしていくつもりです。
(明石要一;2012年11月21日)


教育委員 中野 義澄【2012年10月24日】


学校教育と学校医

今年4月から教育委員という大変重い任務を与えられて改めて学校教育における学校医の役割について考えてみました。これまで私と学校との関わりは地元の小学校、中学校の校医を約20年間勤めていることです。学校医の主な役割は年に一度の健康診断、小学校の就学時健診、学校保健委員会への出席、インフルエンザなどの流行時期に対策をアドバイスすることなどです。
学校では成長しつつある子ども達を対象に教育活動が展開されています。成長期である子ども達は特に体と心の健康が保たれなければ充分な教育の効果は上がりません。したがって、身近に接している先生方や保護者と連携を取りながら子ども達の異常を見逃すことがないようにしっかり見て行かなければなりません。心身ともに健康であって初めて学校生活を有意義に送ることが出来ます。こうした健康管理がまず学校医の大切な役割です。学校医の大切なもう一つの役割は医師として子ども達に命の大切さを教えることだと思います。昨年度より千葉市教育委員会では千葉市医師会と連携して「いのちを守る教育推進プラン」を実施しています。これは小5、中2、高1を対象に心肺蘇生法の講習を行うものです。心臓疾患で倒れた人をその場に居合わせた人が3分以内に救命処置をすることが救命および社会復帰には非常に重要です。子ども達に早くからこうした体験を通じて命の大切さを教え、身近で倒れた人を救う技術を習得してもらうことが講習の目的です。これには学校医が積極的にサポートする必要があります。学校医は子ども達の健康を見守るだけでなく、命の大切さをいろいろな形で教えていくことも大変重要な役割です。
この事業は、昨年度はみつわ台中学校区で実施され、今年度から都賀中学校区が加わって実施される予定です。
このように学校医の役割も子ども達の健康管理のみでなく広くなってきています。千葉市医師会ではいろいろな研修会を開催して学校医のレベルアップに努力しています。学校医に対するご要望などあれば地域の学校を通してお申し出ください。
(中野義澄;2012年10月24日)


教育委員 篠原 ともえ【2012年9月25日】


「寄り添う」ということ

今、子どもたちはどんな夢を抱いているのでしょうか。
小学生のなりたい職業が、男子はスポーツ選手(野球・サッカー)、女子はパン屋・パティシエ・花屋が多いそうですが、これに対し、保護者が子どもになってほしい職業は公務員・医者などだそうで、なかなかギャップのある回答で、おもしろいと思いました。
私は、PTA活動を通じて小中学校の先生や地域の方々と交流を深め、地域ぐるみの学校安全推進委員会や放課後子ども教室に関わることができ、とても有意義でした。
また、これらの事業を通して子どもたちと交流をもつことができたこともたいへん勉強になりました。自分の子どもやその友だちだけでなく、幅広く他学年の子どもたちと交流することにより、たくさんの発見があったと思います。
そんな発見の中のひとつが、子どもの成長する力は、引き出し方によって変わるということでした。
子どもたちへの何気ないひと言は、成長に結びつくことも、その逆になることもありますが、まずはひと言かけることによって、子どもたちが一歩踏み出す姿を見るのはとても楽しいものです。
放課後子ども教室の一場面で、外での活動があいにくの雨で室内活動になったとき、「今日は何して遊ぶ?」という言葉掛けをしたところ、高学年の子どもたちが中心になってゲームを考え、みんな汗だくになって楽しみました。
教育委員に任命され、2年が経とうとしています。その間、様々な行事の出席・視察をさせていただきました。その中で、先生方が子どもたちに寄り添い、言葉に耳を傾け、共に活動する姿を見ていると、このような環境の中で育まれていく子どもたちは、安心して前へ進むことができると感じました。
子どもたちの未来は、できれば子どもたち自身で切り拓いてほしいと思います。そして私たち大人は、その邪魔をせず、寄り添い、後押しをしていければいいのではないでしょうか。
これからも、ご指導ご鞭撻をよろしくお願いいたします。
(篠原 ともえ;2012年9月25日)


教育委員 和田 麻理【2012年8月22日】


自立に向かって
振り返れば、私の子ども時代は時間が際限なく存在していたように思います。何をするでもなく、部屋でぼーっとすること(かっこよく言い換えれば「思索の時間を持つこと」)もしばしばでした。現代の子どもはやるべきことも多く、楽しむツールもたくさん身近にあり、ただ時間だけがそこにあるという環境にはなかなかなれませんが、一見無駄に思える時間を多く持つことは子どもの成長に欠かせないと思います。
一方で、大人も情報通になり、ただ黙って子どもの成長をじっと見守ることは難しい時代です。生活態度、勉強、友人関係、部活のこと、手を出すのは簡単、口を出すのはもっと簡単です。しかし、それでは、子どもが自分で困難を乗り越えて生きていく力を育む機会を奪ってしまうこともあるでしょう。もちろん適切な舵取りは大切ですが、多少危なっかしくても遠巻きにして成り行きを見守るくらいの気持ちでいることも、時には必要だと思います。
私は、十数年来、青少年の健全育成活動に携わっており、さまざまな形で千葉市の小中学生と一緒に活動する機会を持ってきました。その中で感じるのは、次々とプログラムを用意しておかないと子どもたちは退屈してしまい、自分たちで何かを生み出そうとする意欲があまり見られないということです。いつか、安全な場所だけを準備してスケジュールは真っ白という企画を試してみたいと思うのですが、まだその機会を得ません。
教育の究極の目標は、ひとりひとりの子どもが社会でしっかりと自立できるよう手助けをすることにあると考えます。教育委員を拝命して間もなく3年になりますが、今後も、自分の子育てを通して失敗も含めて私自身が学んできたことや、地域活動での経験を、千葉市の子ども達の教育に生かせるよう、初心と「レイマン(素人)」であることを忘れずに務めていきたいと思います。市民の皆さまには、それぞれのお立場でのそれぞれの角度からのアプローチとご協力を、心からお願い申し上げます。
(和田 麻理;2012年8月22日)


教育委員 梅谷 忠勇【2012年7月18日】

地域のネットワークによる子どもの教育・学習支援の充実

平成20年、平成21年の3月にそれぞれ、小・中学校と高等学校・特別支援学校の学習指導要領が改訂されました。この新しい学習指導要領のもとで、「生きる力」をはぐくむことを目指して、子どもたちの教育・支援がおこなわれています。
千葉市の教育においては、自治体としての地域の特性や小・中学校、高等学校、養護学校(小学部、中学部・高等部)の実態と特色を考慮しながら、「千葉市学校教育推進計画」のもと、子どもたちに生きる力をはぐくむための創意工夫を生かした独自の教育の取り組みが進められています。移動教室・農山村留学・自然教室などの体験活動による学習、中学校生徒会交流会による学習、子ども議会での学習、長柄
キャンプ(宿泊体験学習)などです。
はげしく変化しつつある国内外の状況のなかにあって、子どもたちがこれからの社会に参加し、自立して生きるために、知(確かな学力)・徳(豊かなこころ)・体(健やかなからだ)のバランスのとれた力を育てることがいっそう求められる時代になっているといえるでしょう。
子どもたちがそれぞれの個性と特性を生かして、将来の社会に参加し、自立していくための力は、学校教育による努力だけで実現できるものではありません。家庭、学校、地域、教育行政、医療・保健、福祉・労働、企業、NPO、その他さまざまな関係機関や関係者とのネットワークを活用した連携と協働により、子どもたちへの教育・学習支援を進めることがよりいっそう大切になってくるでしょう。この意味で、千葉市民の皆様がそれぞれの立場で、地域の特色を生かしながら、子どもたちの自己実現に向けた多様なサポートを推進してくださるようにお願いいたします。
(梅谷忠勇;2012年7月18日)


教育委員長 内山 英夫【2012年6月7日】


小中学校時代の思い出

千葉市では、目指すべき子どもの姿として、「夢と思いやりの心を持ち チャレンジする子ども」
を掲げています。
昭和20年(1945)終戦の年 私は小学校1年生でした。
7月、夜半の空襲で、家が焼失、疎開先の田舎での生活を2年半、体験しました。
弟たちとの遊びは、とんぼ・蝶・セミ・蛍・どじょう等が相手、竹藪や林の探検、川での魚追い、お寺の大きなお堂と銀杏の大木、祖父・両親・叔母たちの田植え・畑仕事の手伝い、お祭り・盆踊りなど、自然の中で戯れての遊びがすべてであったように思います。
生まれたところに戻って、瀬戸内海の海辺まで、300mくらい、捨石の防波堤が格好の遊び場で、夏休みの毎日、昼食後、地域の子どもたちの大勢の集まりの中で、夕方まで泳ぎ、潜り、遊びました。
今であれば、無謀と言われるでしょうが、伝馬船を一人で漕いで、約1.5km先の沖の島近くまで行き、小魚をたくさん釣って帰り、家族の大切な食料としました。
夜空を眺めながら、星座を辿り、宇宙の果てを想像し、夢を追いました。

小学校時代、不思議と教室での勉強のことを覚えていません。
精々、運動会、学芸会、ビンタをもらった先生の家に、その晩遊びに行ったこと(ビンタをもらっても、憧れの先生でした!)、ハーモニカと横笛の上手な先生がいたこと(音楽が好きになるきっかけとなりました)、学校の鶏の世話を一人で、2年ばかり続けたこと(なぜ始めたか、覚えていません。このことで、賞状をもらいました)などの出会い・出来事くらいです。

中学校時代は、今思うに、いろいろなことに無我夢中で取り組んだ、私の人生の中で、一番充実した時期でした。
将棋に興味を持ちましたが、勉強の邪魔になる?ということで、父親から取り上げられました。
父の関係で、様々な化学薬品を入手することができ、化学実験を楽しみました。
その内容は、間違えれば危険を伴う、とんでもないものでありましたが。
烏口を使っての製図に、夢中になった時期があります(興味をもったきっかけが思い出せません。学校に製図を得意とする先生がいらっしゃった?)。
ボルト・ナット類その他を、3時間くらい掛けて描き、その出来栄えに(自己)満足感を味わいました。
半田ごてを使っての工作を、友人たちと楽しみました(友人の誰かがきっかけ?)。
クレーン作成に挑戦しましたが、途中で挫折してしまいました。
級友が、プランクトン採集に誘ってくれました。
今も、彼が何故、自分に声を掛けてくれたのか、採集器具の作り方から教えてくれた、彼のその思いやりが、とても嬉しかったことを思い出します。
浄水場で実際に採集してみて、プランクトンの動き回る姿に感動しました。
彼とは、蜘蛛の採集でも一緒しました。
彼とはまた、図書館で、湯川秀樹博士の著書を見て、訳の分からない中にも、夢を語り合いました。今も、交流が続いている、よきライバルでした。

そして、最大の体験は、部活動でした。
朝は、皆が競って早く登校し、校庭に陣取りして、かなり激しい遊びをしました。
放課後の部活動に、篭球部を選びました。なぜそうしたのか、覚えていません。
どれほど好きだったか、一つの出来事を記します。

授業間休み、せいぜい10分くらいだったと思いますが、それでもボールを持って、コートでシュートの練習をしました。あるとき、気が付いたら周りに誰もいません。
次の授業はとっくに始まっていたのです。恐る恐る教室に入ると、先生に教壇の脇に引っ張られて、三往復ビンタをもらいました。

顧問の先生の指導で、チームの皆と一生懸命取り組んで、背の小さかった私も、ポイントを稼げるようになり、市大会では、いつも負けていたチームが、常勝するまでになりました。
このことでもらった賞状は、卒業証書も含めてみんな失くした今、先の鶏の世話での賞状と併せて、飾っています。

小学校時代と同じように、教室での勉強のことは、ほとんど覚えていません。
入学直後、英語の授業で辞書を引くこと、数学で数字だけから代数に変わったこと、この二つに新鮮さを感じたことと、家庭科の学習でしたか、先生の注意を聞かず、皆が騒ぐので、「静かにしよう!」と叫んだくらいしか、記憶にありません。
先生に関しても、印象に残っているのは、篭球部の顧問の先生と、授業時間を忘れて、ビンタをもらった学校で一番厳しかった野球部の顧問の先生、お二人!?
野球部の顧問の先生とは、その後不思議と馬が合い、褒められたことがありました。

今は、時代が変わり、環境が変わり、世情の様子も複雑化し、遊びの対象となるものが多様です。
私が体験したようなことは、現在では環境条件が許さないかもしれません。
また、子どもたちはそれぞれに持って生まれた体つき、性格があり、各自の家庭、生活環境も異なりましょう。それでも、子どもたち自身は、いつの時代にも、私と同じように、好奇心に溢れ、いろいろなことに挑戦(チャレンジ)するのではないか!?と思います。
公園で、仲間とサッカーに興じる子どもたち、陸上競技場で大会に参加して、懸命に競技する子どもたち、吹奏楽部で厳しい指導に耐えて一生懸命練習する子どもたち、校庭で野球チーム仲間と動き回る子どもたち、図書館で本に見入る子どもたち……
児童・生徒には、いろいろなことに取り組んで、体験し、自分の好きなこと、得意なことを見つけて欲しい、と話します。
私にとって小中学校時代9年間は、人生の1月7日でしかありませんが、余分なことを考えることなく、無邪気に楽しく過ごした思い出が、ひもじかったこと、嫌なこと、辛かったことを忘れさせて、生きる力の原点になっているように思えるからです。

生きることの喜びは、やはり物事に取り組んで、その過程で楽しさを感じ、達成感に喜びを覚えたとき、湧いてくるもの、それは「生きる力」につながる、と考えます。
そして、仲間との競い合いの中にも、共に支えあうことの大切さを知ることで、次へのチャレンジができる、とも思います。
同時に、くじけそうなとき、辛いとき、頑張る・我慢する、そういう力を蓄積していくことで、「生きる力」が益々大きく育つでしょう。

保護者の役割は何でしょうか?教師の役割は何でしょうか?
子どもたち自身が、自分の感性で対象を捉え、心身で体験し、自分として先を目指すものかどうか判断・選択を繰り返す過程で、自分という存在と特性と能力を知るようになる、と考えます。
強要することだけでは、うまくいかないような気がします。
だとすれば、多様な演出で、そのような機会・場を与え、興味を持たせ、応援することではないでしょうか。
子どもたちには、各自・各様に、是非ともいろいろなことにチャレンジして欲しい、そして力一杯生きて欲しい、と心から願っています。
(内山 英夫;2012年6月7日)


戻る

このページの情報発信元

教育委員会事務局教育総務部総務課

千葉市中央区問屋町1番35号 千葉ポートサイドタワー12階 

電話:043-245-5903

ファックス:043-245-5990

somu.EDG@city.chiba.lg.jp

より良いウェブサイトにするためにみなさまのご意見をお聞かせください

このページの情報は役に立ちましたか?

このページの情報は見つけやすかったですか?

このページを編集して、改善提案する(改善提案とは?)