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更新日:2007年8月1日
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【地図の説明】 ◇郷土博物館(亥鼻公園)への登り口 (正門・お茶の水口・大階段口・図書館口) ◇史跡・名所案内 ・お茶の水 ・千葉城(猪鼻城)土塁跡 ・智光院 ・胤重寺 ・東禅寺 ◇地図の切り替え ・千葉神社・千葉市美術館方面地図 (JR・京成 千葉駅方面) ・県立中央博物館・千葉寺方面地図 (七天王塚など) |
正門 〜バス停「郷土館」方面から近い入り口です。お車の方はこちらから入ります。
お茶の水口 〜バス停「大和橋」方面から近い入り口です。お茶の水・神明社を通過するルートです。
神明社の境内には「史跡猪鼻城趾」の石碑があります。
春にはお茶の水から博物館前までお花見の名所になっています。
大階段口 〜胤重寺と智光院の間の道から大階段を登るルートです。
大階段を登った所にいのはな亭というお茶屋さんがあり、「いのはな団子」が名物です。
図書館口 〜県立中央図書館から文化会館裏の広場、千葉文化の森を通過するルートです。
この広場で年に一度「千葉能」が行われています。
お茶の水は数々の伝承を残す泉で、その脇には小さな不動堂があります。
千葉一族は代々この水を産湯水に使用したといい、千葉常胤はこの水で源頼朝に茶を献じたという伝説が残っています。
(日本に喫茶の習慣が中国から入ってくる時期から考えるとその真偽は定かではありません。)
また徳川家康が鷹狩りの際に立ち寄りこの湧き水を賞して以来、人が飲むことを許さなかったという伝承もあります。
現在は湧き水も絶えてその痕跡を留めるのみになっています。
千葉城は大治元年(1126)千葉常重によって築城され、康正元年(1455)の千葉一族の内紛で落城し廃城になったと伝えられています。
幾度かの発掘調査でこのような土塁のほかに礎石(柱の土台になる石)等が確認されていて、中世の亥鼻に何らかの施設があったことが考古学的にも証明されています。
康正2年(1456)に千葉家の内乱を経て千葉家を相続した千葉康胤(馬加康胤)によって建立されたといわれています。本尊は不動明王です。
智光院は七天王塚やお茶の水の不動尊を管理していたといわれています。
千葉常胤の孫の武石胤重のために建てられたといわれています。
本尊は阿弥陀如来です。
門内左側に、塩地蔵といわれるイボトリ地蔵があります。供えてある塩でイボをなでるとイボがとれるといい、そっと塗って、願いがかなうとお礼に塩をお供えすることになっています。
嘉暦2年(1327)に千葉貞胤が建立したといわれています。
本尊は薬師如来です。
堂前の谷津は東禅寺作といい、幕末に佐倉藩が海防のために亥鼻山に屯所を設けた際、鉄砲の的場に使用されました。
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