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更新日:2015年12月8日
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心の輪を広げる体験作文
千葉市最優秀賞受賞 作品
【中学生部門】
「私の声が聞こえないイタさんへ」
川西 綾音
(千葉大学教育学部附属中学校 3学年)
私の母の仕事の後輩に、小さい頃の病気が原因で、耳が聞こえにくい女の人がいる。年に何回か、母と私とで食事に行ったり、ドライブをしたり、付き合いはもう十年以上になる。私の生まれた時も、お祝いに駆けつけてくれたそうだ。「イタさん」と呼んでいる。それは「イタッ」とだけ、はっきりと言えるからだ。あとは、筆談や手話、口の動きを読んだりして、意思の疎通を行う。
もう小さい頃からの付き合いで、私は不思議に思ったこともなかったが、中学生になって、イタさんと一緒にいることが、嫌になったことがあり、母に誘われても会いに行かなくなっていた。
中学生二年生の春、イタさんと母と一緒に電車に乗って、お花見に出かけたことがある。ちょうど電車の中は混んでいて、三人で立ったままいつものように話をしていた時だ。私は周りの女子高校生達の視線を強く感じた。その子達は私の方を見ながら、こそこそ話をしては、視線を合わせ、含み笑いをしていた。
その時、私は気付いたのだ。ちょうど、イタさんに、今自分が夢中になっていたドラマのストーリーを説明していて、なかなか通じず、だんだん私の声が大きくなっていたのだ。
イタさんの耳は、大きな声を出せば聞き取れるというものではない。そんなことはわかっていたけど、複雑な内容のストーリーだったので通じにくく、イタさんの持っている電気ボードでの筆談はめんどくさく感じたので、つい手ぶり身ぶりの大きな声で説明し、車内では目立っていたのだろう。
私は恥ずかしくて、電車の中でイタさんと話すのをやめてしまった。イタさんも女子高校生の視線を感じていたみたいで、私に話しかけることをやめてしまったようだ。
その日の昼、外食をした時に、いつもは気にならないイタさんの食事をする時の口の音が、どうしても気になってしまった。肉を噛む音、スープをすする音、ジュースを飲む時にのどを鳴らす音。私の表情に気付いた母が、私を外に連れ出した。
「イタさんは、自分がたてている音が聞こえないの。もしかしたら、ジュースを飲む時にのどが鳴るのも知らないのよ。」
と、母は怒った。でも、私はやっぱり嫌で、その日を境にイタさんと会うのを避けるようになっていた。
今年の正月、母からイタさんが実家の名古屋に帰ったことを聞かされた。一瞬私は、自分のせいかなと、胸が痛くなった。母の話によると、イタさんは軽いうつ病になって、治療を受けていたけれど、疲れてしまい親の所へ戻ったそうだ。
イタさんは周りの人が話していると、自分の悪口を言われているのではないかと疑うようになったらしい。若い頃から会社でパソコンを使った事務の仕事をしてきたが、同僚に筆談やジェスチャーで話しかけても、短い単語と愛想笑いを返すだけだと、イタさんは不満を持っていたらしい。たぶん、初めはみんな興味本位で話しかけてくるが、筆談などの会話が面倒くさくなるのだと母は話す。イタさんは、「みんな自分と話すのが面倒くさい」と気付いていたらしい。
私は、たまらなくなった。イタさんは、私の声が聞こえない分、態度や表情を敏感に受けとめていたはずだ。どうして当たり前のこととして、イタさんとのふれあいを続けられなかったのか。耳の聞こえない友人を、特別なことではなく、ごく普通の日常として受けとめられなかったのか、私は後悔している。次に会う時は、自分の思いを伝えたいと願っている。
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