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更新日:2020年6月27日

加曽利のヒト Yの部屋

この『加曽利のヒト』では、加曽利貝塚博物館に勤務する学芸員が、縄文時代や史跡について、また、博物館の業務にまつわる日々の出来事などをご紹介します。

令和2年6月27日(土曜日) 外国での発見 スリランカ その2

スリランカ2回目です。
スリランカの遺跡の多くに仏教の影響がみられます。といってもインド仏教に近いので日本のそれとは趣が異なります。

 

スリランカ2-1

こういった仏像が至る所にある。およそ12世紀のもの。

 

ポロンナルワという場所には複数の遺跡がほぼ1か所に集中しており、自転車などで巡って見ることができます。街全体が遺跡といってもよい雰囲気です。
11~13世紀まで首都がおかれた土地だそうです。

 

 

スリランカ2-2

寺院跡。レンガ造りの大きな建物が多くみられる


スリランカ2-3

寺院内にあるいわゆる僧坊(お坊さんが寝泊まりする家)。かなり広いことから、

ある程度位の高いお坊さんが住んだのかもしれない。

 

スリランカ2-4

寺院内の井戸跡。素掘りでないことに驚き。

 

スリランカ2-5

ストゥーパー(仏塔)。モニュメント的な意味では古墳にも通じる。

 

この遺跡は、考古学的な視点だけでなく、建築や美術的視点で見れるのも楽しさの一つといえます。歴史はそんなに・・・というパートナーがいても楽しめる場所です。

 

スリランカ2-6

この石像を見てなぜか無性にカレーが食べたくなった。

令和2年6月24日(水曜日) 外国での発見 スリランカ その1

みなさん、「館長の考古学日記」はもちろんご覧になってますよね?4月の日記でラオスの事例を紹介しています。日本の例と比較できる大変面白い内容ですので、未読の方はぜひご一読ください。

https://www.city.chiba.jp/kasori/infomation/diary.html

 

同じように海外の事例で私がご紹介できる数少ないものがありました!

その国は「スリランカ」。日本の南西に位置し、およそ6,500km離れています。成田空港から9時間くらい飛行機に乗ったと記憶しています。

気候は日本の7~8月のイメージ。常に暑い!!とにかく蒸し暑い!!

さてそんなスリランカでは、様々な遺跡や建物を見学することができました。
渡航目的は完全な観光ですので、館長のように研究目的では全くありません。
でも不思議とそういった場所に足を運びたくなる&目がいってしまうのは職業病なのでしょう。

スリランカ1-1

木の皮を編んで屋根材としています。非常に涼しい!

 

スリランカ1-2

ランチのお店にいたわんこ。街中のいたるところに。

 

スリランカ1-3

ホテルのベランダ窓。鍵をかけないとサルが侵入して

荷物を盗んでいくので注意

 

スリランカ1-4

5世紀代の王都であった「シーギリヤロック」。

日本だと古墳時代中期にあたる頃です。
この岩山の上に王宮を建てたそうです。

標高が370mなので鋸山より少し高いくらい。


頂上まではこの岩肌に作られた階段を延々と登ります。

スリランカ1-5

麓は整地され建物跡がいたるところに確認できます。

スリランカ1-6

王宮があった場所は数段高く作られています。

昔から権力者は高いところが好きなようです。

 

スリランカ1-7

なんと頂上には貯水池まで作られていました。

 

スリランカ1-8

王様が座って寛ぐためのベッド。

石製ですが非常に滑らかに加工されています。

 

頂上からの景色は・・・ぜひみなさんの目で実際に見てほしい!

 

令和2年6月20日(土曜日) 加曽利貝塚のご近所さん その4 滑橋貝塚

滑橋現況

前回は国史跡の花輪貝塚を紹介しましたが、今回は千葉市の指定史跡、「滑橋貝塚」をご紹介したいと思います・・・さてその前に、みなさんはこの遺跡読めますか?

「すべりばし」? 「なめばし」?

正解は「なめりばし」 この地域の小字名です。

加曽利貝塚の北側、モノレールの線路を挟んだ坂月川の対岸に位置します。

土砂採掘工事の際に、貝塚であることが発見されたため、そのまま保存されている状態です。

発掘をしてどのような状況であるのか調べたいところですが、保存することも大事な文化財保護です。加曽利貝塚同様に、遺跡の保存状態が良いことから市の指定遺跡となっています。

滑橋空撮

パッと見た感じではただの山林。でも遺跡として大切に保存されています。

令和2年6月16日(火曜日) 加曽利貝塚のご近所さん その3 花輪貝塚

みなさんは千葉市内に「国史跡」がいくつあるかご存じですか?
加曽利貝塚は特別史跡、それ以外に実は4遺跡が指定されています。
そのすべてが縄文時代の貝塚なのです。
今回はそのうちの一つである、「花輪貝塚」をご紹介します。
遺跡は加曽利貝塚から南に約1kmの台地縁辺部に立地しています。

花輪空撮

花輪貝塚は平成15(2003)年に確認調査を実施し、縄文時代中期から後期の竪穴住居跡のほか、縄文時代後期に形成された環状の貝塚、古墳時代後期の竪穴住居跡などが確認されました。

貝塚は加曽利貝塚と同じくイボキサゴが主体的で、加曽利貝塚の集落の人々と一緒に、都川を利用して干潟まで貝を採取しに行っていたことが想像されます。

花輪土器1

注口土器出土状況

 

花輪土器2

出土 注口土器

 

令和2年6月12日(金曜日) 加曽利貝塚のご近所さん その2 若郷遺跡

前回の古山遺跡と同じく「坂月川沿い」シリーズの遺跡、「若郷(わかごう)遺跡」です。
加曽利貝塚の南東約1㎞の距離に位置し、現在「千葉中央メディカルセンター」のある台地上に立地していました。

遺跡の位置_若郷

小倉町交差点方面からみた遺跡遠景

 
昭和50年代に調査を実施し、古墳時代中期から後期の竪穴住居跡が複数軒みつかっています。

調査地点_若郷

発掘調査のようす

 

住居跡_若郷

古墳時代後期の竪穴住居跡

 

出土遺物_若郷

古墳時代住居跡の出土遺物

また住居跡は発見されていませんが、縄文時代中期、加曽利EⅢ式期の深鉢や、縄文時代後期の加曽利B式期の土器片が多数見つかっており、近隣である加曽利貝塚の集落との関係も考えられる貴重な成果となっています。

加曽利E式_若郷

若郷遺跡出土の加曽利E式土器

 

令和2年5月30日(土曜日) 加曽利貝塚のご近所さん その1 古山遺跡

特別史跡加曽利貝塚は、ご存じの通り、縄文時代を中心とした貝塚を伴う集落遺跡です。

その加曽利貝塚から南東に500mほどいった住宅街にある遺跡が「古山(ふるやま)遺跡」です。

加曽利と古山 空撮

古山調査区

加曽利貝塚と同じく、坂月川の右岸台地上に立地したこの遺跡は、加曽利貝塚と同じく縄文時代がメインの遺跡・・・ではありません。中心となるのは今からおよそ1,600年前の古墳時代前期後半~中期。これまでに数回発掘調査が実施され、当該期の住居跡が20軒以上発見されています。

 

加曽利貝塚博物館の学芸員が縄文時代以外をネタにするのか!?と憤りを感じている皆様、実は加曽利貝塚とも関係がある話なのです。
加曽利貝塚が縄文時代しかないと思っている方いるのではないでしょうか。実は指定されている範囲内から、古墳時代中期と後期の竪穴住居跡が発見されています。

加曽利古墳1

加曽利古墳2

加曽利古墳3

加曽利貝塚からは古墳時代の住居跡が現時点で2軒しかみつかっていないため多くは語れませんが、周辺遺跡をみることで、こうだったんじゃないかと推測することができるようになります。
加曽利貝塚で発見された古墳時代の住居跡は、南側や坂月川に面する場所からみつかっており、立地的に古山遺跡に近いことから、古墳時代における人の移動を考える材料になります。

令和2年3月29日(日曜日)教えて!!学芸員-博物館のあんなこと、こんなこと- 質問にお答えします!

去る3月7日に予定していたミニイベント「春よ来い!」。

ステージイベント「教えて!!学芸員ー博物館のあんなこと、こんなことー」では、皆さんからいただいた質問に学芸員がその場でお答えする予定でした。

残念ながらイベントは中止となってしまいましたが、皆さんからいただいた質問にこの場を借りてお答えしたいと思います。

 

質問1【普段はどんな仕事をしているの?】

館内の展示作成、普及活動のほか、史跡内の維持管理も行っています。
加曽利貝塚博物館が開館して54年が経ちますが、調査事例の増加や研究の進展により、縄文時代のイメージは大きく変化してきました。これに併せて博物館の展示も変化しており、学芸員はたくさんの情報にアンテナをはって、より良い展示のアイディアを一生懸命考えています。
また、加曽利貝塚は史跡公園としても親しまれています。自然災害などで木が倒れたり、復元住居が壊れたりしたときに、安全に利用できるように元に戻すことも大切な仕事の一つです。

 

質問2【加曽利貝塚はどれくらい重要な場所なの?】

全国に約2,400か所ある縄文時代の貝塚のうち、たったひとつ、特別史跡に指定されている貝塚です。ということは、全国で一番重要な貝塚であるということです。

ちなみに、千葉県は縄文時代の貝塚数が約650か所で、全国一貝塚が多い県です。

さらに、千葉市内には県内最多の約120か所の貝塚が所在しています。

ということは、《全国で一番貝塚が多いまち千葉市に、全国で一番重要な貝塚である加曽利貝塚がある》ということです。

 

質問3【今年度の発掘調査で新しい発見はありましたか?】

長径13mの竪穴住居跡の構造が明らかになったこと、また縄文時代の終わりごろまで集落が続いていたことなどが明らかになりました。

今後詳しく調べていくと、さらに面白いことがたくさん分かってくるかもしれませんのでお楽しみに!

 

質問4【海外で発掘したことはありますか?面白かったことなどは?】

・海外での発掘調査経験はありませんが、ラオス北部山岳地帯での建物や土器づくりの調査をしたことがあります。眼に映るもの、すべてが新鮮でした。

・私はこれまで国内のむかしにしか興味がありませんでしたが、最近のグローバル化を実感すると、これからは国外にも興味を持つべきだと思い始めています。

・海外での発掘経験はありません。知人はイスラム教圏に発掘調査に行くために、半年前からひげを伸ばしていたのが強く印象に残っています。

・海外での発掘経験はありません。中東で発掘をしていた知人によると、砂がすごく、掘っても風が吹くとすぐに埋まってしまうそうで、苦労したそうです。

 

質問5【なんで考古学に興味を持ったのですか?】

・小学生の頃、奈良県明日香村で発見された高松塚古墳の色鮮やかな壁画を見た時だったと記憶しています。

・小学生の頃、家のまわりの畑にはたくさんの土器が落ちていました。その畑の持ち主に見せてもらった、畑から見つかったという大きな土器の印象が強く残っていたのでしょう。

・高校生の頃、奈良の黒塚古墳から、三角縁神獣鏡が13枚も見つかりました。その講演会を横浜まで聴きに行ったのがきっかけで考古学に興味を持ちました。

・高校生の頃、大学で何を学ぶか悩んでいたときに、好きだった歴史学の中でも新しい発見ができるのが面白そうと思ったのが、考古学を学ぶきっかけでした。

 

令和2年3月10日(火曜日)加曽利E式展の裏話 番外編~縄文時代研究講座~

博物館事業として毎年開催している「縄文時代研究講座」。全6回のうち後半である4~6回は、加曽利E式展と時期を同じくすることもあり、【加曽利E式土器】をテーマに講演を行いました。

講座は終了していますが、この講座についての裏話を番外編としてお話したいと思います。

すでにお伝えしたとおり、この講座は加曽利E式展に絡めた内容で実施をしました・・・つまり!!講座の内容やスケジュールも、展示と併せて考える必要があるということです。

全3回分のうち、展示を担当した私自ら喋るというのは決定、あと2回(つまり2名)はどうしたものか・・・?

・・・と書きつつ、実はすでに頭の中では講師2名が決まっていました!!いってしまえば展示内容を決めるよりも先に決まっていました!

このエリアで話してもらうならこのお二方しかいない!そういう先生をお呼びしました。 

県大内さん

1月19日開催の第5回講師に、千葉県教育庁文化財課の大内先生をお招きしました。

加曽利E式土器と併行する曽利式系土器についてご講演いただきました。

 

2月23日開催の第6回講師に、(公財)印旛郡市文化財センターの小倉先生にご講演いただく予定でしたが、新型コロナウイルス感染症の拡大防止のため中止となりました。楽しみにされていた皆様、大変申し訳ありませんでした。 中止となった第6回の内容については、今後どこかで機会を設けたいと思いますので、お楽しみに!

 

加曽利E式 よねくら

12月15日開催の第4回の講師Y。ご清聴ありがとうございました!!

 

さてここまで5回にわけて、企画展「あれもE これもEー加曽利E式土器(印旛地域編)-」の裏話を書かせていただきました。

本企画展は、地域を変えながら次年度も開催予定ですので、楽しみにお待ちいただければと思います(第4回講座に参加された方は次のエリアをご存じのはず。先に予習するのもありかも)。

 

最後に、この企画展をみて、「もっと土器をみたい!!」という方に朗報です。印旛地域を対象に土器などの考古資料を見ることができる施設をリストにしました。

印旛博物館リスト

PDFデータはこちら(PDF:55KB)(別ウインドウで開く)

 

なんと加曽利貝塚からの距離まで入ってます!加曽利貝塚を起点に、印旛まで《プチ縄文とりっぷ》しませんか?

 

令和2年3月3日(火曜日) 加曽利E式展の裏話~エピソード4~

3月1日をもって企画展「あれもE これもE-加曽利E式土器(印旛地域編)-」は終了しました。展示をご覧になられたみなさま、ありがとうございました!!

企画展の終了に併せて、今回のエピソード4で加曽利E式展の裏話は終了です。最後は、本企画展のリーフレット制作についてのお話をしたいと思います。

 

リーフレット制作でも、エピソード2でご紹介したスケジュール表が役立ちます。展示開始が11月16日ですから、遅くとも前日までに手元に届いていれば良いので(実際は危険なのでもっと余裕をもたせますが)、作業時期を逆算します。

今回のように展示資料の写真を掲載する場合は、資料を借りるタイミングも注意しなければいけません。写真を撮りたくても手元に資料がなければ出来ませんからね。

リーフレット作成

編集ソフトを使ってレイアウト作成!

作った素材や写真をパソコンをつかってレイアウトしていきます。

文字だけみても、フォント・大きさ・文字数など、見やすさやデザイン性を意識して配置します。苦慮する作業であると同時に、どう《魅せる》か考えるのは楽しい作業でもあります。

そんなこんなで無事、展示開始に間に合ったリーフレットはこちら(PDF:11,814KB)(別ウインドウで開く)からご覧いただけます。

 

みなさんは、お手持ちの展示図録を自宅に帰ってから読み返したことがありますか?

今回のリーフレット制作にあたり意識したのが、まさにこの《展示が終わってからも読み返したくなる内容》でした。 

写真集のようにながめたり、勉強をされている方は参考資料として利用するなど、家に帰ってからも楽しんでいただければこれ幸いです。

 

さて次回は、加曽利E式展の番外編!関連行事として開催した「縄文時代研究講座」についてお話したいと思います。

 

令和2年2月12日(水曜日) 加曽利E式展の裏話~エピソード3~

さて前回、借りたい資料が決まったところまでお話しました。

借りたい資料が決まったら、今度は実際に展示したときのシミュレーションをします。「展示構成」の段階です。

レイアウト1

展示する場所の【横幅・高さ・奥行】を測って、パソコンでレイアウトを作成していきます。上段がパネル、中段が上から見た展示配置、下段が正面から見た展示配置のイメージです。

パネルや展示の配置では「美しさ」を意識して考えます。パネルのサイズや位置の統一感はもちろん、「空きスペース」も美しさのポイントの一つになります。

レイアウト2

実際に展示作業をする際には、このレイアウトを参照しながら行います。

ただし、これもよくあることなのですが、実際に配置してみて気づくことがあり、配置を修正せざるを得ないことがあります。二枚目の画像もその一つです。

実際の展示とまったく配置が異なる土器が1点あります。さてそれはどれで、なぜそうなったのか、実際の展示をご覧になって考えてみてください(なお、本企画展は3月1日(日曜日)が最終日となります)。

さて次回は、企画展の開催に併せて配布中の「展示リーフレット」の製作について話したいと思います。

 

令和2年2月2日(日曜日) 加曽利E式展の裏話~エピソード2~

さて展示したい資料が決まると、収蔵先の各機関へ連絡し、資料見学が可能か日程調整を行います。

今回の印旛地域編では、9つある市町+千葉県が発掘調査を実施した遺跡も含むため、各市町の収蔵先と県の収蔵先に出向いて資料を実見する必要があり、それだけでも1日では終わらない作業になります。

スケジュールE式2019

上の画像は展示の大まかなスケジュール表です。展示開始日は決まっていますから、逆算して準備にどれくらい時間が残されているか、いつまでに何をやらなければいけないか、表を作成して確認しながら進めていきます。

この表によると、6月から8月初頭にかけて資料が保管されている7か所に行って下見をしたことがわかります。

資料を保管している収蔵庫は一つの行政に1か所というわけではなく、たいてい複数あります。下見をしたい資料が同じ収蔵庫にあれば良いですが、複数の場所に分散していることも多々あることです。あえて見学日を同日に設定せず、時間に余裕を持つことも重要です。

資料見学は簡単にできることではありません。相手方にも準備期間が必要な上、日々の忙しい仕事の時間を割いて協力していただく、ということを絶対に忘れてはいけません。ですので、見学をするときは、

・貴重な時間を割いていただいているのでダラダラと時間をかけない

・迷惑のかからない程度にじっくり見る

ことを念頭に作業します。

資料下見

こちらの写真は成田市へ資料見学に行った際に撮影したものです(映っている土器3点は現在企画展で展示中です)。右奥に見切れているのは当館館長です。

随時更新中の「館長の考古学日記」をお読みいただければわかるとおり、館長は土器の研究者です。土器の見方もじっくり丁寧に、舐めるように見ています。

館長が、どんなところに注目して見ているのか、どこに興味をもって見ているのか、こっそりと気にしつつ、資料見学をしていたのはここだけの話。

さて、資料の下見が終わったら、実際に借りる資料をピックアップし、いざ借用!!とはすんなりいきません。次回は展示構成について触れたいと思います。

 

令和2年1月21日(火曜日) 加曽利E式展の裏話~エピソード1~

本日より『加曽利のヒト』を始めるにあたり、普段あまり目にすることのない学芸員の仕事の裏話などをしていければ良いかと考えています。

 

第1回目は、現在開催中の企画展「あれもE これもEー加曽利E式土器(印旛地域編)-」を担当した私から、展示に至るまでの裏話を複数回に分けてお話したいと思います。

 E式展ポスター

さて通称「加曽利E式展」と呼んでいるこの企画展がはじまったのは、昨年の11月16日。この展示を始めるにあたり準備を開始したのは、年度がはじまった4月当初でした。

すでにテーマとなる地域は決まっていたものの、どの遺跡の・どの遺物を展示するか、この段階では決まっておりません。

一言で「印旛地域」といえど9つも市町があり、それぞれに数百もの遺跡が存在します。その星の数ほどある遺跡の中から、「これは!!」という遺跡・遺物を選ぶ作業は、なかなか大変なものです。

本棚

印旛地域の報告書だけでもこんなにたくさん!!

これでもごく一部・・・。

まず私が始めた作業は、片っ端から報告書をチェックすること。加曽利E式土器が出土している遺跡がないか、分厚い報告書をパラパラとめくって確認していきます。

膨大な量の報告書を一冊ずつ見ていく作業は、とても大変!ではありますが、じつはそれほど苦ではありません。

「へぇ~こんな変わった遺物が出てるんだ!」とか、「この遺跡、古墳時代ではよく見てたけど、縄文時代も豊富なんだ!」とか。これまでと別の視点で報告書を見ると、また新しい発見に気づかされます。

墨新山報告書

加曽利E式期だけでなく、奈良・平安時代の集落としても有名

な墨新山遺跡。

そんなこんなで報告書のチェックを終え、ある程度資料の目星がついたのは5月の連休明けの頃。

このあとは実際に資料を実見し、展示できるかどうか確認する作業です。このお話については次回!

 

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このページの情報発信元

教育委員会事務局生涯学習部文化財課加曽利貝塚博物館

千葉市若葉区桜木8丁目33番1号

電話:043-231-0129

ファックス:043-231-4986

kasorikaiduka.EDL@city.chiba.lg.jp

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