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更新日:2019年6月9日

平成31年度千葉氏公開市民講座千葉氏と和歌ー千葉氏はなぜ歌を詠んだのかー

通称

平成31年度千葉氏公開市民講座「千葉氏と和歌―千葉氏はなぜ歌を詠んだのか―」

要約

本講座では、千葉氏と「和歌」との関わりに焦点を当てます。一般に、武士は武芸にいそしむイメージが強いですが、戦国時代のような争乱の時代においても、武士は教養として和歌を修めました。千葉氏もまた和歌に親しんだ記録が残されています。和歌は武士にとって不可欠なものでした。
本講座では、南北朝時代の当主千葉氏胤の歌が、勅撰集『新千載和歌集』に載せられた背景や、戦国時代の当主千葉勝胤と家臣からなる「千葉歌壇」と彼らの歌を収めた『雲玉和歌抄』の検討等を通じて、千葉氏と和歌との関わりや、その意味等について考えていきます。

・講演1 講師:外山信司氏(千葉市立郷土博物館 総括主任研究員)
演題:「勅撰歌人となった千葉氏胤」
 『古今集』以来、室町時代まで天皇の命令で二十一の勅撰和歌集の編さんが続けられました。『新千載和歌集』は足利尊氏の奏上によって作られた十八番目の勅撰和歌集ですが、多くの武士の歌がみられ、南北朝時代の当主であった千葉氏胤の歌も載せられています。氏胤が勅撰歌人として選ばれたことについて、足利政権との関係のなかで考えていきます。
・講演2 講師:松本麻子氏(医療創生大学教授)
演題:「『雲玉和歌抄』と千葉歌壇」
 永正11年(1514)に成立した『雲玉和歌抄』とは、室町時代の歌人衲叟馴窓が、本佐倉城主である千葉勝胤の求めに応じ編纂した歌集です。勝胤とその家臣が中心となり催された本佐倉城での歌合(うたあわせ)の歌が多く取られています。勝胤と家臣たちがどのような和歌を詠んでいたのか、また武士が和歌を詠む理由とは何かについてお話します。

『続英雄百人一首』より千葉氏胤 国文学研究資料館造

『続英雄百人一首』より千葉氏胤 国文学研究資料館蔵

千葉勝胤像(復元 原資料勝胤寺)当館蔵

千葉勝胤像(複製 原資料勝胤寺)当館蔵

期間

  • 2019年6月15日(土曜日)13時00分から2019年6月15日(土曜日)16時00分

場所

人数

230人(応募多数の場合抽選)

料金

無料

参加方法

6月8日(土曜日)必着。講座名、住所、氏名(ふりがな)、電話番号、年齢を記載いただき、往復ハガキ又は電子申請にて申し込みください。→募集は終了しました。

申込方法

往復ハガキでの申込先
〒260-0856 千葉市中央区亥鼻1-6-1 郷土博物館
電子申請

開催区

中央区

開催場所

千葉県文化会館(中央区市場町11-2)

連絡先

郷土博物館 電話222-8231 FAX225-7106

主催、共催、後援

主催

郷土博物館

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このページの情報発信元

教育委員会事務局生涯学習部文化財課郷土博物館

千葉市中央区亥鼻1丁目6番1号

電話:043-222-8231

ファックス:043-225-7106

kyodo.EDL@city.chiba.lg.jp

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