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更新日:2014年7月30日

千葉公園の歴史

千葉公園の辺りは、江戸の昔、佐倉・堀田藩領(千葉寺・寒川村)と旗本・中山勘解由の領地(作草部村)との入会地(共同作業地)になっていました。その頃は、アシなどが生えた沼地同然のところだったと言われています。

明治41年(1908年)、旧陸軍は、ここに鉄道連隊を設けました。その後、大正7年10月(1918年)、津田沼に鉄道第二連隊ができると共に、名称も鉄道第一連隊と変わりました。鉄道第一連隊の兵士たちは、この辺一帯の演習作業場で、鉄道の保守、新設、修理をはじめ、敵地での鉄道の破壊訓練も行っていました。現在でもそのなごりが公園事務所脇のコンクリートのトンネルや綿打池脇のそばに橋脚として残っています。

終戦後の混乱期には、園内にある樹木のほとんどは切り倒されて燃料になってしまったり、敷地の一部は食糧難を補うための菜園にまでされたといいます。その後、市民の憩いの場、県都にふさわしい公園とするため、戦災復興都市計画事業の一環として昭和24年(1949年)から公園整備にとりかかり、順次、施設を整えてきた結果、今日のような市内でもっとも身近な公園になりました。

戦災復興都市計画事業により整備された千葉公園(綿打池を望む)

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千葉市中央区弁天3-1-1

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