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更新日:2019年4月5日

千葉市のあゆみ・年表

市のあゆみ

千葉市の起源は、縄文時代の初期にその源を発しています。

都市としては、大治元年(1126年)千葉常重が猪鼻台に居館を築いたことに始まります。

近代都市としての始まりは、明治6年(1873年)、木更津、印旛の2県が廃合され千葉県となり、県庁が千葉町に置かれたことにより、県内の政治・経済・文化の中心地、また交通の要衝として発展しました。

大正10年(1921年)1月1日、市制施行により、千葉町から千葉市としてスタートしました。当時の市域は約15平方キロメートル、人口3万3千人であり、師範学校、医学校など多くの学校や病院が設置され、また鉄道聯隊、陸軍歩兵学校などの軍事施設もあり、医療の街、軍隊の街として栄え、着実な発展を続けてきましたが、昭和20年、2度の空襲により、中心市街地の約7割を焼失し、尊い人命と多くの貴重な都市施設を失いました。しかしながら、市民は力強く復興に立ち上がり、戦災復興事業に着手するとともに、将来に向けた新生を図るため、近代的工業都市を目指し、臨海部への主要産業の誘致や、千葉港の整備を進めるなど、消費都市から生産都市への転換を図りました。

そして、臨海部の開発、大規模住宅団地の建設、内陸工業団地の造成、さらには、近隣町村との合併や埋立により、市域を拡大するとともに、快適な生活環境づくり、バランスのとれた都市づくりを進め、平成4年(1992年)4月1日には、全国12番目の政令指定都市に移行しました。

その間、昭和59年(1984年)10月20日に、豊かな緑ときれいな水辺の都市づくりを市民の総力をあげて進めることを誓い、「緑と水辺の都市」とすることを宣言するとともに、平成元年(1989年)2月28日には、世界の恒久平和を願い「平和都市宣言」を行いました。また、政令指定都市移行の政令が公布された「10月18日」を「市民の日」として制定し、平成8年度から、毎年、各種記念行事を開催しています。

現在では、多種業務機能が集積した首都機能の一翼を担う大都市として、また、世界に開かれた国際情報都市として、著しい発展を続けています。

年表

 

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このページの情報発信元

市民局市民自治推進部広報広聴課

千葉市中央区千葉港1番1号 千葉市役所8階

電話:043-245-5298

kohokocho.CIC@city.chiba.lg.jp

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