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更新日:2023年12月5日

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区内大学と連携する「文教のまち」

稲毛区は、区内にある3大学(千葉大学、敬愛大学、千葉経済大学)と連携して、学生・若者と共に挑む「まちづくり」を進めています。

大学との連携による「まちづくり」の取り組みについては、稲毛区ホームページで紹介しています。

令和2年1月11日(土曜日)に稲毛区の3大学(千葉大学、敬愛大学、千葉経済大学)と共催でいなげボッチャカップを開催しました。当日の様子

戦後の「稲毛」~旧軍用地の開拓~

終戦後、陸軍の施設や軍用地が多かった稲毛は、復興に向けて大きくその姿を変えました。

戦後の食糧難と復員軍人や海外からの引き揚げ者の居住と生活の確保のため、軍用地が農地として開墾の対象となり、稲毛区から四街道市にまたがる広大な下志津演習場は、特に大規模な入植が行われました。

現在の六方、山王、長沼原はそうした戦後開拓によって造られた地区です。下志津演習場の入植者の中で前職が農業だった方は少なく、多くの未経験者が、電気も通わぬ土地で困難な農耕を続けました。

今では住宅や工場が増え、かつての広々とした農地の面影はありませんが、昭和20年(1945年)に120名で入植した人たちが建立した長沼原開拓神社が、かつての名残を留めています。

軍郷から文教地区へ

一方で、陸軍の学校や施設が集中していた穴川町、小中台町、轟町、作草部町などでは、使わなくなった軍用地や軍施設に、戦災を受けた諸学校を移転復興した結果、急きょ、千葉市における文教地区へ変貌を遂げることになりました。

今では、区内に千葉大学、敬愛大学、千葉経済大学の3大学をはじめ、高等学校7校に市教育センターなどの教育機関、また、放射線医療に関する国内唯一の研究機関である放射線医学総合研究所などの科学の最先端を担う研究機関が立地しており、「文教のまち」をまちづくりの旗印にする稲毛区の特徴となっています。(過去には日本のロケット研究にも携わった東京大学生産技術研究所(旧東京帝大学第二工学部)も立地していました。記念碑についてはこちら

そして、今も稲毛区は、区内にある3大学(千葉大学、敬愛大学、千葉経済大学)と連携して、学生・若者と共に挑む「まちづくり」を進めています。

 

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「千葉大学西千葉キャンパス正門前」

 

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「敬愛大学稲毛キャンパス正門前」

 

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「千葉経済大学正門前」

 

このページの情報発信元

稲毛区 総務課

千葉市稲毛区穴川4丁目12番1号 稲毛区役所3階 

ファックス:043-284-6149

somu.INA@city.chiba.lg.jp

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