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更新日:2023年12月19日

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千葉氏 ~千葉市の礎を築いた一族~

千葉常胤木像

安西順一作「千葉介常胤像」(千葉市立郷土博物館蔵)

千葉氏は、桓武天皇の子孫である「桓武平氏」の名族です。
1126(大治元)年、千葉常重(つねしげ)が上総国大椎(現・緑区大椎町)から千葉(現・中央区亥鼻付近)に本拠を移したことにより、千葉のまちの繁栄が始まったといわれています。
千葉常重の子、常胤(つねたね)は、千葉氏中興の祖とされ、1180(治承4)年、石橋山の戦い(神奈川県小田原市)で敗れ、房総に逃れてきた源頼朝をいち早く助け、鎌倉幕府の創設に大きく貢献しました。
その後、治承・寿永の乱(源平合戦)・奥州合戦などにも参戦し、この功績で常胤は東北から九州に至る全国各地に20数カ所といわれる広大な所領を獲得し、平家政権下で衰えていた一族の勢力を盛り返し、千葉氏は幕府の中でも屈指の御家人に成長しました。
常胤の獲得した所領は千葉六党(ちばりくとう)と呼ばれる6人の息子たちに受け継がれました。このため千葉氏の一族は妙見信仰を伴い、全国各地に広がっていきました。

千葉氏の子孫には、北辰一刀流を創始した剣術家の千葉周作や明治維新で活躍し、近代司法制度を確立した江藤新平、武士道の著者で5千円紙幣の顔にもなった、教育者・思想家の新渡戸稲造など、著名な人物が多くいます。

千葉開府の日と千葉開府900年

「大治元年丙午六月朔(ついたち)、初めて千葉を立つ、凡そ一萬六千軒也。表八千軒、裏八千軒、小路表裏五百八十餘小路也。」(※大治元年は西暦1126年)

これは、中世の「千葉」のまちの様子を表した「千学集抜粋(せんがくしゅうばっすい)」(戦国時代に成立)の記述です。

千葉市では、6月1日を「千葉開府の日」、2026年を「千葉開府900年」として位置づけ、市民の皆様に千葉のまちの成り立ちとその礎を築いた千葉氏について知っていただけるよう、さまざまな取り組みを展開しております。

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