千葉市デジタル平和資料館 > 戦争の記憶 > 戦跡マップ > 荒木山
更新日:2025年6月5日
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(制作協力:株式会社ジェイコム千葉)
千葉公園は昭和21 年(1946 年)6月に戦災復興計画により公園造成が決まり、建設されました。綿打池付近から千葉東高校南側付近までの一帯が鉄道第一聯隊(※)の演習用作業場であったことから、現在でも架橋演習のための橋脚や演習用トンネルが残されています。
この小高い丘は、聯隊のラッパ手の訓練が行われ、「喇叭山」と呼ばれ親しまれていましたが、殉職した荒木大尉を悼む鉄道第一聯隊の兵達により銅像が建立されたため、以後「荒木山」と呼ばれるようになりました。その後、物資窮乏の時局を迎えて、銅像の姿は消えてしまいましたが、今でも、この小高い丘は「荒木山」と呼ばれています。
※鉄道第一聯隊…戦地では、鉄道の建設・修理や兵員・物資を輸送する部隊で、平時は千葉市とその周辺で訓練をしていました。

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