更新日:2025年4月16日

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千葉陸軍病院跡(現:(独)国立病院機構 千葉医療センター)

千葉医療センター

門柱

解説

明治41年(1908年)、椿森に創設された千葉衛戍病院は、昭和11年(1936年)、千葉陸軍病院に改称され、傷病兵の治療にあたっていました。隣接する鉄道聯隊(大正7年(1918年)、鉄道第一聯隊に改組)のほか、気球聯隊、歩兵学校、戦車学校などの将兵に対する医療の中心的な役割を果たしていました。
昭和20年(1945年)7月の千葉空襲により鉄道第一聯隊をはじめとする多くの陸軍施設が焼失しましたが、千葉陸軍病院は被災を免れ、空襲で負傷した将兵や市民を受け入れました。
終戦後、昭和20年(1945年)12月に千葉陸軍病院は厚生省(現厚生労働省)の管轄となり、国立千葉病院として発足、その後、更なる名称変更、建て替えを経て、現在の独立行政法人国立病院機構千葉医療センターとなりました。この正面入口には当時の門柱(※)が現存しており、この地がかつて陸軍病院であった面影を残しています。

※門柱は、千葉陸軍病院の南通用門(現在の椿森中学校側出口付近)として設置されていましたが、平成22年(2010年)の建て替え時に現在の正面入口へ移設されました。

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